築地で朝を迎えた話 前編

築地で朝を迎えた話 前編

築地市場では、早朝から鮪の競りが行われている。世界中から魚介類が築地に集まり競りが行われるが、その中でも鮪の競りは最大だ。

築地市場の面積は23ヘクタール(東京ドーム5個分)。そこで海産物の競りが行われ仲買業者の手に渡り、飲食店、消費者の手へと渡っていく。

その鮪の競りが行われる様子は、見学できる。しかし、築地での見学は豊洲への移転に伴い平成30年9月15日をもって終了となる。豊洲移転後の競りの様子は、ガラス越しにしか見られない。

築地市場に近い宿を予約し、東京へ向かったのは9月13日。最終日は混むかもしれないし、前日の14日の朝を狙おう。そう思い築地に向かった。

鮪の競りの見学について簡単に説明すると、以下の通り。

  • 受付は朝の5時。
  • 見学希望者が多数の場合は受付時間を繰り上げることもあり、その場合は5時前に受付を終了することもある。
  • 受付は先着順で最大120名まで。

受付が5時からなら、1時間前の4時に行けば大丈夫だろう。そう思い、寝床についた。

普段なら朝の4時前に起きることなどまずない。しかし、鮪の競りを見るためにわざわざ来たのだ。朝を迎えると同時に飛び起き、まだ薄暗い築地市場へと向かった。

受付場所は築地の「おさかな普及センター」の1階。道に迷い、うろうろ歩いていたが場外の飲食店はすでに明るく、まばらではあるが人が歩いている。外国人の姿を多く見かけた。

道に迷ったため、到着時間は4時を少し回ったが、見えてきた。あそこだ。行列が見えるだろうと予測していたが誰もいない。まさかの一番乗りか?と思いながら受付場所に到着し、警備員に尋ねた。

「鮪の競りの見学の受付はどこですか?」

「もう終わりました。」

返ってきた答えに思わず絶句した。このためにこんなにも早起きし、築地まで来たというのに。3時に来ればよかった、という思いが頭をよぎる。

すると聞こえてきたのが、

「2時に終了したんですよ。」

なんと!3時に来てもすでに終わっていたということか。話によると、先頭の人は12時から並んだらしい。

「せっかく築地まで来られたんだから、お寿司でも食べて帰ってくださいよ」

と言われ、とぼとぼと受付を後にした。

当初の予定では、鮪の競りを見た後お寿司を食べて帰る予定だった。このままホテルに戻り眠るという選択肢もあるが、とりあえず様子を見るため場内に向かった。

築地市場は場内と呼ばれる市場の中と場外と呼ばれる市場のすぐ外がある。築地で最も多いのは寿司店であるが、中でも一際目立つ行列ができるのが、場内の「寿司大」だ。私がその行列に到着したのは朝4時半。開店前にも関わらず、すでに店の前から延びる行列は、10メートル以上はあった。

開店時間は30分後の5時。すぐに店に入れそうな気配はない。すぐ隣にも、寿司大ほどではないが10人ほどは並んだ寿司屋があった。「大和寿司」である。大和寿司の開店時間は寿司大より30分遅い5時半。寿司大は諦め、大和寿司に並ぶことにした。その後、大和寿司の行列もどんどんと延びていった。大和寿司は奥まった所にあるため、行列が大きくなってからはお店の方が整備をし始めた。場内は、フォークリフトの一種であるターレット式構内運搬自動車、通称「ターレー」がものすごい勢いで走り回っており、ぼんやり歩いていると踏まれてしまいそうになる。

大和寿司で築地の寿司を食すため、開店まで1時間並んだ。5時になると「寿司大」と「八千代」が開店した。寿司大には、開店を待ちわびた人が入っていった。八千代は開店したにも関わらず、行列どころか客はいない。行列と行列に挟まれ列のないその店は滑稽に見えた。店に貼られているメニューには「アジフライ」の文字が見えていた。

八千代なら並ばずとも食べられる。しかし、誰も並んでいない店にその時は入る気にはならなかった。

当然ながら、築地には多くの寿司屋がある。しかし、行列のできる店とそうでない店にわかれる。一体何が違うのか、並んでまで食べる価値はあるのか?退屈すぎて自問自答してみたが、そんなことは築地中の寿司を食べてみないとわからない。他にも、魚河岸は何時に寝て何時に起きるのだろうかとか、魚は週に何回食べるんだろうかとか、考えた。ここではこんなにも朝早くからターレーが走り回り、仲買業者が魚介類を運ぶという日常が流れているのかと、人の日常と私の日常を比べ、不思議な気持ちになったりもした。

そうこうしているうちに、やっと店が開店した。なんとか1回転目に滑り込み、カウンターに腰を下ろした。おまかせ握りセットと瓶ビールを注文した。

私の勝手な築地の寿司屋のイメージは、怖い顔の頑固そうな大将がいて、「寿司は黙って食え!」なんて言い出しそうなイメージだった。ところが、開口一番、

「苦手なネタはありますか?」

やさしい。ネタの好みをあらかじめ聞いてくれ、苦手なものは別のものに替えてくれるという。しかも表情もとてもにこやかだ。

苦手なネタを伝え、寿司がくるのを待つ。

寿司屋にこんなに朝早く座ったのがはじめてだったこともあり、一瞬早朝だということを忘れてしまいそうになった。

そして、さらに驚いたのは隣で握っていた若い職人さんが、中国語と英語を交ぜながら、接客をしていた。

外国人に対しても、やさしい。私の中の、江戸っ子の寿司職人のイメージはがらりと変わった。

寿司は非常においしく、あっという間に食べ終わってしまった。

並んだ時間より店内で過ごした時間の方が断然短い。しかし、待っている人はまだまだたくさんいる。会計を済ませ、店をあとにした。

寿司大の行列の横を通り、宿泊先のホテルへと戻り仮眠をとった。

昼前に起きた。朝食が早かったからか、起きたときにはすでにお腹がすいていた。そして、あのアジフライの店「八千代」が気になっていた。

またしても築地市場の場内へ向かう。寿司大には、売り切れの看板が立てられていた。

今朝は誰もいなかった「八千代」の前に10人程の行列ができていた。少々の待ち時間は構わない。あらかじめメニューを渡され、注文をすませた。30分程並んだところで店内に招き入れられ、目の前に先ほど注文した料理が置かれた。もちろん揚げたてだ。

正直、そこまで期待していなかった。築地と言えば寿司だろうという頭がどこかにあった。しかし、それはただの思い込みであったと思い知る。

「八千代」のフライは、これまで食べたどのフライよりも最高に美味しかった。特にアジフライは、カリッとした衣とふわふわとした肉厚の白身魚とのコンビネーションが何とも言えない。刺身でも食べられるような肉厚で新鮮なアジをフライにしているのだろう。人生で最も美味しいアジフライを味わった感動に打ちひしがれた。

さて、築地での寿司に続いてフライと、お腹と舌はどんどんと満たされていくが、肝心の鮪の競りをまだ見たわけではない。

何時に並ぶべきか・・・。そのことを考えながら1日を過ごした。

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